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金融マーケット今昔物語(第2回/全10回) ~資本主義と株式~

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近代資本主義経済の根幹をなす株式会社という発明品は、1602年に設立されたオランダ東インド会社が嚆矢とされる。1600年には、女王エリザベス1世によりイギリス東インド会社が設立されたが、出資(所有)と経営の分離等が未成熟であったため、学説の多くはオランダ東インド会社とする。
オランダ東インド会社は、6都市に所在したカーメルと呼ばれる6個の会社(支社)の連合体であった。正式名称は連合東インド会社という。カーメルは、もともと1航海毎に出資者を募っては、インドから絹や胡椒・香料などを買い付け、無事帰国すると利益を出資額に応じ配分・清算を行う会社(商社)であり「1航海・1会社」が原則であった。このことから当座会社とも呼ばれた。これらを束ね、かつ永続性を持つ会社としてオランダ東インド会社が設立されたのである。
オランダ東インド会社は、1602年3月20日にオランダ議会により、喜望峰以東の世界における全ての商取引上の独占権が与えられた国策会社として誕生した。後年徐々に、その権限は貨幣鋳造権、軍事交戦権、司法・行政権にまで拡大していくことになる。資本金約650万ギルダー、本社はアムステルダムに設置され、支店の位置づけとなる商館は、ジャワや長崎出島などに置かれた。
オランダ東インド会社の取締役は下記6都市のカーメルから任命された17名(17人会と呼ばれた)の商人たちであった。また、出資者には株券が発行され、当初からアムステルダム証券取引所で盛んに売買されていた。ヴァスコ・ダ・ガマによる欧州~喜望峰~インド周りの新航路発見(1497)から間もないこれらの航海にはハリケーン、サイクロン、タイフーンによる帆船の難破、海賊による略奪・殺戮等々様々な危険が伴ったことから、極めてハイリスク・ハイリターン型のビジネスであり、株式投資であったことは容易に想像できる。株式会社・株券はそもそも、一人の人間では負担しきれないこのようにリスクがある事業を行うための、人々の知恵の産物なのである。余談であるが、オランダ語で株(株式)はアクシーと言う。これが派生して、フランス語ではアクション、ドイツ語ではアクツィエ、イギリスではシェア、アメリカではストックとなったそうである。

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<6都市の支社(カーメル)と17名のオランダ東インド会社取締役>
アムステルダムの商人 8名
ゼーラントの商人 4名
ロッテルダムの商人 1名
デルフトの商人 1名
ホールンの商人 1名
エンクハイゼンの商人 1名
アムステルダムを除く上記都市からの持ち回り 1名
合計 17名
なお、デルフトは当時からデルフトブルーと呼ばれた青色基調の陶器生産で、またヨハネス・フェルメール(1632~1675)が生まれ生涯を過ごした都市としても有名である。フェルメールの「デルフトの眺望」は、オランダ東インド会社の1大拠点であった同市1660年当時の雰囲気を彷彿させる傑作である。また、20世紀フランス文学を代表する作家マルセル・プルーストのファンにとっては、大作「失われた時を求めて」のモチーフとされた重要な絵画であり都市でもある。

ドイツの社会学者・経済学者であるマックス・ウェーバー(1864~1920)に彼の主著「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」がある。近代資本主義経済の確立に果たした精神風土がいかに形成されたかについての論考である。学生時代に読んだときは、「なんとなくすごい本」だと感じた程度であったが、50年を経た今、読み返してみると「実にすごい本」だと感じる。ビジネス社会でいろいろ経験し、いろいろな国のビジネスマンを知ったせいかもしれない。
マックス・ウェーバーによると、近代資本主義経済の確立に果たした精神風土はマルティン・ルターやフリードリッヒ・ツヴィングリと並び評されるキリスト教宗教改革初期の指導者ジャン・カルヴァン(1509~1564)のカルヴァン主義が根底にあるとする。カルヴァン・プロテスタンティズムの根幹は「予定説」である。予定説では、救済される人間はあらかじめ決定されている。したがって、人間の努力や善行の有無などによって、その決定を変更することはできないと説く。となると、人間は努力をしなくなるかと思いきや、人々は反対の方向に動いた。「仕事を熱心に行い、自分でこれだけ努力したのだから救済されることになっているはずだ」と自分に言い聞かせることによってしか心の平安を得る術がないと考え、行動したのである。その結果、富が得られるならばそれは是認され、むしろ勤勉の証となる。清廉、勤勉、質実剛健、倹約等の美徳が逆説的に、近代資本主義経済・資本蓄積の精神風土を作り上げたと論証した。
オランダ東インド会社の活動も、まさにこのような精神風土の中で実行、推進されたと考えられる。宗教的風土が希薄、かつ因果応報を基本とする仏教観とは対極をなすこのような哲学を、現代の日本人が完全に理解することは不可能であろうが、論理は頑健である。そういえばウィリアム・シェイクスピアの喜劇、戯曲である「ヴェニスの商人」が書かれたのは1594~1597とされている。同時代の南欧のカトリック圏(非プロテスタント圏)を舞台にした経済社会が垣間見えるが、これを以てカトリック圏とプロテスタント圏の経済・精神風土の違いを対比させるのは早計か。

つづく

 

 

清水 正俊

 

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