予想どおりに不合理~ 田渕直也のトレーディング・テキストブック(24)~
第24回 予想どおりに不合理
前回ご紹介した人間のファスト思考システムは、物事を直感的に、パターン化して、瞬時に判断していきます。そうした簡便な思考方法を、認知心理学ではヒューリスティックスと呼びます。ヒューリスティックスには、以下のような特徴があります。
・よく知っているもの、馴染みのあるものを高く評価する
・ステレオタイプに当てはめて物事を(ときに思い込みで)判断する
・何かに暗示的に判断が引きずられる
(第一印象とか、好き嫌いとか、その時の気分や体調とか、あるいはまったく関係のない、あるいは意味のない数字や情報とか)
・問題をすり替える
・因果関係やストーリーを勝手に作り出す
・そして直感的な判断に対して疑問を抱かない(自信たっぷりで、反対意見を無視する)
いくつかは今までも話に出てきましたし、いくつかはこれから詳しく見ていきたいと思います。いずれにしても、これらは、ときとして大きな問題を引き起こすこともありますが、必ずしも人間の欠点とは言えません。むしろ、長い進化の過程で獲得してきた特異な能力というべきです。近代経済学ではこうしたヒューリスティックスを無視して『合理的人間像』を作り上げてきたのですが、それ自体が「人間は他の動物とは違って合理的な生き物である」という思い込みによるヒューリスティックスといえます。
人間が非合理的なのはむしろ当然であり、その判断は非合理的であるという前提で世界は捉えられるべきという考え方があります。それは人間を否定するものではなく、むしろありのままの人間を受け入れることでもあります。認知心理学者のダン・アリエリはそうしたスタンスを強くとっています。
ただし、人間は非合理的であるというだけで、近代経済学の合理的人間像が全くの間違いだとも言い切れません。個々の人間が合理的ではないとしても、その非合理性がランダムにばらついているのなら、それらは相殺されてしまい、全体はそれなりに合理的になるからです。つまり、人間心理の偏りが傾向的なものでない限り、人間の大多数の意見(民主的な投票によるものであれ、市場における価格形成であれ)は大体正しくなります。
この考え方も実はそれなりに説得力があります。しかし、少なくとも人間心理の偏りに傾向的な非合理性がみられる場合はその限りではありません。
こうした傾向的な偏りをバイアスといいます。人間心理が単に非合理なだけでなく、特定のバイアスがある場合に初めて、多数の意見は大方間違ったものになり、しかもそれは合理的に予測することが可能ということになります。ダン・アリエリの書名のごとく、それは「予想どおりに不合理」なのです。
少し回り道をしましたが、投資の世界こそ人間の傾向的な非合理性がみられ、そしてその中にこそ、投資の世界で合理的に勝つヒントが隠されています。それを次回以降、順次見ていくことにしましょう。
(つづく)