田渕直也のトレーディング・テキストブック(4)
第4回
市場の愚かしいふるまい
前回は、市場が将来を正しく予想しているいくつかの事例を挙げ、市場が時として驚くほど効率的であることを見てきました。そして、市場が効率的であればあるほど、市場の裏をかいて出し抜くことは容易でなくなります。
その一方で、市場が正しく将来を予想できないという事例も数多く存在します。
例えば、1980年代後半のバブル期に日本株は平均でPER(株価収益率)で60倍あたりまで買い上げられました。PERは一般に10~20倍程度が適正なので、60倍というのはいかなる理論でも到底正当化できない水準です。その後、20年以上たっても日本の株価指数はその時の水準を大幅に下回っており、市場が完全に将来の予想に失敗した典型例といえるでしょう。
近年の事例では、サブプライム問題があります。サブプライム問題はご存じのとおり、世界を揺るがす大問題に発展しますが、市場はこの問題の先行きを完全に読み違えていました。サブプライムローンの延滞率は2006年後半から大きく上昇しますが、市場は一年近くにわたり、その影響を過小評価し続けたのです。2007年8月に「パリバ・ショック」といわれる出来事が起こり、サブプライム問題が世界の金融市場を揺るがし始めていることが明らかになった後ですら、欧米各国の金融緩和をはやして株価は再上昇し、更なる高値までつけています。その後の一年半にわたる金融市場の大混乱を、十分な予兆があったにもかかわらず全く予想出来なかったことになります。
バブルが崩壊した後にも、市場の非合理的な動きは現れます。2008年9月、リーマン・ブラザーズが破たんした後、金融市場はパニックに陥り、経営基盤が盤石だったはずのモルガン・スタンレーさえ倒産危機の瀬戸際に立たされました。そして、ウォール街最強のゴールドマン・サックスまで大きく足元が揺らぐ事態となったのです。こうなると、市場は正しいどころか、ただ理不尽に荒れ狂う怪物のような存在でしかありません。このような事例は一般的に納得しやすいものが多いので、多くの例を挙げる必要はないでしょう。結局のところ、市場は一見、非常に効率的に機能し、将来を正しく予測しているように見えることが多々ある半面、とんでもなく愚かしいふるまいを見せることもあるということになります。
市場を出し抜くことは可能なのか
このコーナーはトレーディングの方法論を探るコーナーですから、それでは、このような市場の動きを予測し、市場を出し抜くことができるのかを考えてみましょう。
下のグラフは、過去20年間の米国株価指数(SP500)の日々の株価の騰落率の分布を示したものです。棒グラフが実際の分布で、実線が理論上の正規分布を表しています。ランダム・ウォーク仮説によれば、市場の価格変動の分布は正規分布(厳密には対数正規分布というもの)になります。
現実の市場は、正規分布とくらべると、中央部分(価格があまり変動しない)と、両端(価格が大きく変動する)の分布がやや高くなっていて、実はこれが今後の議論でとても重要になってくる点なのですが、全体的にみると正規分布に非常に近い形をしています。
次回は、このグラフを踏まえて、市場の性質についてもう少し踏み込んでいきたいと思います。
(つづく)